2007年01月09日

豊年の声合

※【お詫び】間違っているので訂正を入れました。



↑久貝公民館のデイゴ


今年はこの歌から始めましょう。
ノリノリの曲調がお気に入りです。
途中から、酔いがまわってきた様な歌詞になっていくのも民謡らしくて好きです。
ドライブ中、久貝公民館の横を通ったら本当にデイゴの木があったので感動しました。



…と、おもったのですが^^;やっちゃいました…。
新年一発目から大コケです^^;。訂正入れます(謝)。

↑ここは、「久貝公民館」じゃなくて、「久松地区公民館」=「久松中央公民館」でした。「久貝公民館」は別にあるそうです…。地元の皆様ごめんなさい。次回は是非、久貝公民館を確認してきたいと思います!

そして、「ノウス゜ ユー ヌ クイチャー」読みだと『実世ぬ声合』の方があってないか?とのこと。人によってどちらも使っていますが、どっちでしょうか?…。。こんな半端な投稿でいいのか?!先が思いやられます^^;。。

新たに何か判明したらまた書き直します…。。




『豊年の声合(ノウス゜ ユー ヌ クイチャー)』



1、豊年(ノウス゜)世(ユ)の雨(アミ)よ 
  十日(トウカ)越(グ)いや 長(ナガ)さ
  五日(イツカ)越(グ)い 六日(ムユカ)越(グ)い
  降(フ)りど見事(ミグトウ)
  ソーニノヨイサッサイ


    豊年世の雨よ
    十日越しは長い
    五日越しに 六日越しに
    降るのが見事だ


2、くぬ声合(クイチャー)ぬ 出(イ)でたりやど
  今年(クトゥス)世(ユ)やナウレ
  来年(ヤーニ)が世(ユ)や まさり
  豊(ナウ)らし 腹(バタ)満(ンウ)たし



    このクイチャー踊りが出たならば
    今年の世は豊作だ
    来年の世はもっと
    豊かで腹を満たすよう


3、真山座(マヤマザ)ぬ 大(ウプ)梯梧(ドフキ)
  世(ユ)なうらでぬがら
  野崎(スマ)や二原(フタバラ)
  うすうい なゆす゜美(カギ)さ


    真山座(現在の久貝公民館)の大きな梯梧(デイゴ)の木も
    豊かな世になると
    フガ(久貝)と松原の二原を
    覆い 茂って美しい


4、上(アガ)り参(ンミヤ)す゜ 月(ツキ゜)がなす
  家(ヤ)ぬ壁(クビ)ど 照(テ)らさます゜
  真上(マンミ)んうらます゜ 月(ツキ゜)がなすさ
  真上(マンミ)ど照(テ)らさます゜


    昇ってこられる お月様は
    家の壁を照らしている
    真上におられる お月様は
    真上を照らしている


5、新屋(アラヤ)んうまたが 庭(ミナカン)ど
  赤(アカ)んうふにす゜ぬ すだりんうど
  ずうゆがずうゆ 今日(ニカ)が夜(ユ)や
  うりむす゜だんかよ


    新屋(屋号)の伯母の 庭に
    赤く熟れたミカンが すずなりしている
    さあさあ 今日の夜は
    それを取る相談をしよう


6、蜜柑(フニス゜)であんど むらってうす゜よ
  かばしようであんど 香(カ)ばってうす゜よ
  うまぬやぬメガガマゆ 一夜(ピス゜トユ)抱(ダ)きみば

  
    ミカンを取りに行くよりは
    香ばしい香りを嗅ぐよりは
    そこの家のミガガマ(娘)を 一度抱いてみたい


7、一夜(ピトユ)抱(ダ)きば一俵(ピス゜トタアラ)
  二夜(フタヨ)抱(ダ)きば二俵(フタターラ)
  三夜(ミス゜ユ)抱(ダ)きば三俵(ミス゜ターラ)
  俵(ターラ)やぴだつ


    一夜抱いたら一俵
    二夜抱いたら二俵
    三夜抱いたら三俵
    俵が積み上がる




↑久貝公民館(改め、久松地区公民館)とデイゴの木


↑漁港


↑久松の空


↑あか浜の月



最近、久松を満喫中。
今年一年、良い年になるといいですね〜♪
本年もどうぞよろしくお願いします。

  

2006年04月16日

『東里真中』と『あがろーざ』

『東里真中(アガズザトゥンナカ)』 宮古民謡


 
東里真中(アガズザトゥンナカ)んよ ホーニヤホーイ 己(ドゥ)ぬ城(グシク) サーユイサー 真中(ンナカ)んよ ウッチュラヨー

東の里の真ん中に 自分の家の真ん中に



八尋(ヤピス゜ル)みやや 耕作(パギャ)すうみよ  十尋(トウス゜ユ)みやや 耕作(パギャ)すうみよ

広く庭を耕して 大きく庭を耕して


八尋(ヤピス゜ル)みやぬ 真中(ンナカ)んよ 十尋(トウス゜ユ)みやぬ 真中(ンナカ)んよ

庭の真ん中に 屋敷の真ん中に


蜜柑木(フニャラギ)や 植生(イビワ)しよ 香(カバ)しゃ木(ギ)や 差(サ)し生(ワ)しぬ

みかんの木を植えて 香ばしい木を植え付けて




子守りをする姉達が、庭に植えた蜜柑の木を大切に育てる様子と子守りをする様子を重ね、守子の成長と出世を願い歌った子守唄。



この後は、

《蜜柑の木を植えた翌年には、廻って見れば、人の背丈程の高さになっているから、草や下枝を取って、また翌年には、花や実がなっているから、香ばしい蜜柑の木の下に、守姉同士集まって、蜜柑の種を取って遊ぼう》

という内容です。


※いくつかの資料を元に、自分勝手に解説しています。




     シークヮサー       




『あがろーざ』 八重山民謡




あがろーざぬ んなかに ヤゥ ヤゥイ 登野城ぬ んなかに ヤゥ ハリヌクガナ

東の里の真ん中に 登野城の真ん中に



九年母木ぬ 下なか 香さん木ぬ 下なか

蜜柑の木の下に 香ばしい香りのする木の下で



子守達ぬ 揃る寄てぃ 抱ぐぃな達ぬ ゆりゃゆてぃよ

子守り達が集まって 子を抱いた者達が集まって



腕ば痛み 守りひゅばよ かやば痛み抱ぐぃひゅばよ

腕が痛くなってもお守りをするから かや(肩?関節?)が痛くなっても抱いていてあげるから





池田卓さんの『やいまうた』に収録されている“あがろーざ”を聞いて、“東里真中”と曲調も言葉も似ている事が気になって、調べてみました。

内容も似てる!本歌は何なんだろう???と、手元にあるCDやらなんやらで調べてみると、よなは徹さんの“ウチナーわらべうた”のCDに詳しく書かれていました(さすが!)

『あがろうざユンタ』という古謡を大宜味信智(“鷲ぬ鳥節”の作者でもある八重山に赴任していた琉球王朝の 役人)が三線唄に発展したものとあります。

あがろうざユンタ?大宜味信智??とネットで調べてみたら、八重山民謡について調べている人、解説している人が多くて、知ろうと思ったらキリがなさそう…。。。
八重山民謡も知りたいけど、ちょっと手のつけ様がないので、まずは地道に気になった宮古民謡の意味から理解して行こう。。。と思いました。。


民謡、言葉の意味が分かると本当に面白いですよ☆☆☆

宮古民謡館とかで、観光で島を訪れる人達にも簡単に唄の内容がわかる方法がないかと考えています。。(勝手に…^^;)




 

ハイ、一年生、がんばって学校行けよ〜^^♪

  

2006年03月26日

なりやまあやぐ

シースカイ博愛、シギラに行った後は、イムギャーマリンガーデンに寄りました。
イムギャーと言えば、この碑!! ↓





『なりやまあやぐ』 宮古民謡




サー なりやまや なりてぃぬなりやま

慣れた山 慣れ親しんだ山 


すみやま すみてぃぬすみやま

慣れた海 慣れ親しんだ海


イラユマーン サーヤヌ すみてぃぬすみやま

行き慣れた山(海)




サー なりやま参(んみゃ)いてぃ なりぶりさまずな主(しゅ)

夫よ、行き慣れた山だからといって甘く見てはなりません


すみやま参(んみゃ)いてぃ すみぶりさまずな主

行き慣れた海だからといって甘く見てはなりません


イラユマーン サーヤヌ すみぶりさまずな主

甘く見てはなりません




サー 馬(ぬま)ん乗(ぬ)らば 手綱(たづな)ゆゆるすな主(しゅ)

夫よ、馬に乗ったら手綱を緩めないように


美童(みやらび)家(や)行き 心(くくる)ゆるすな主

乙女の家に行ったら心を許してはなりません


イラユマーン サーヤヌ 心(くくる)ゆるすな主

心を許してはなりません





サー 馬(ぬま)ぬ美(かぎ)さや 白(しる)さどぅ美(かぎ)さ

馬で美しいのは 白毛が美しい


美童(みやらび)美(かぎ)さや 色(いる)どぅ美(かぎ)さ

乙女の美しいのは 色白が美しい


イラユマーン サーヤヌ 色(いる)どぅ美(かぎ)さ

色白が美しい




サー ぶり押(ゆ)し波(なん)や 笑(あま)いどぅ押(ゆ)しず

寄せる波は やさしく寄せる


ばんぶなりゃ 笑(あま)いどぅ迎(んか)い

私の恋人は 喜んで私を迎えてくれる


イラユマーン サーヤヌ 笑(あま)いどぅ迎(んか)い

喜んで迎えてくれる









今回も、参考資料をいくつか並べてどぅかってぃにつなげてみました。



“万事深入りはならない、万事には注意すべきだ”という意の歌。



妻が夫に常に注意を怠らない様、常に心の平常を保つ様にと注意と忠告を行っています。
ま、「浮気するなよ〜」というのが真意なのかも知れないが…(笑)。



『イラユマーン』 これは『そうだよね』みたいな同意を求める言葉らしいですね。しかし、この歌にここの訳詞を入れてしまうと凄みが増すと言うか、シャレにならなくなる…^^;。



世の男性のみなさん、心がフラフラ浮きだしたらこの歌を思い出してね〜♪^^;
特に最後の歌詞が正気に戻させると言うか、目に見えない重圧を感じるような…。。。


宮古を代表する歌です。  

2006年02月21日

子守唄をうたおう♪




昨日、“『童神』の心と…”というタイトルを付けたのに、全然その話に触れなかった…^^;。



古謝美佐子さんと山本潤子さん、『童神』という歌で繋がっている二人。
ステージでも『童神』を含め、様々な子守唄を聞かせてくれました。聞いているとなんだか安心して眠くなってくる…。二人の声の気持ちいいこと…。

お二人は、子供でも孫でもいいから肩をポンポンしながら子守唄を歌ってあげましょう、と言っていました。


ということで(←無理矢理?!)

私は宮古が好きなので、今日は宮古島の『子守唄』を紹介します。この唄もとっても心地良いうたです。是非聞いてみてください。
唄えるようになりたいな〜…。





『子守唄』



泣きなよや 可愛子(ウトウガマ) ヨーイヨイ

泣かないで 可愛い子よ ヨーイヨイ


泣(ユ)むなよや 可愛子(ウトウガマ)

泣かないで 可愛い子よ


ヨーイヨー ホーイーイー




泣かだなしぅてぃ 母(アンナ)がぷいなり ヨーイヨイ

泣かないで お母さんの様に優しい人になりなさい


泣(ユ)まだなしぅてぃ 父(ウヤ)がたきなり

泣かないで お父さんの様に丈夫な人になりなさい





汝(ウワ)が母(アンナ) 太芋掘(ウプムプズ)が ヨーイヨイ

あんたのお母さんは 大きな芋を掘りに


汝(ウワ)が父(ウヤ)や 太(ウプ)ダグ取(トウ)すが

あんたのお父さんは 大きなタコを取りに





太芋(ウブム)やちが 割合(バリアイ)すだまな ヨーイヨイ

大きな芋なら 分け合って食べてね


小芋(イミム)やちか 一個(ピイトウスズ)だまな

小さな芋なら 一個ずつね





太ダクやちか 一本足(ピイトウテイ)だまな ヨーイヨイ

大きなタコなら タコ足一本ずつ


小(イミ)ダクやちか 一匹(ピイトウカラ)だまな

小さなタコなら一匹ずつね





私(バン)が子守(ムリ) 丈生(ブドウワ)さば ヨーイヨイ

姉さんがお守りして 一人前にするから


姉(アニ)がくぎ 丈生(タキワ)さば

丈夫に育ってね





友達(ドゥス)ぬ華(パナ) 生(ムマ)りゃしぅてぃ ヨーイヨイ

友達の誰よりも 立派な人になってね


友達(アグ)ぬ華(パナ) 生(ムマ)りゃしぅてぃ

同級生の誰よりも 立派な人になってね




時代(ミヤク)とぅ限(ナギ) 拝(ウガ)まりる ヨーイヨイ

この世がある限り


三十原(ミスパラ)んな 拝(ウガ)まりる

名の残る立派な人になってね




  

2006年02月09日

てぃんさぐぬ花

てぃんさぐぬ花や 爪先に染みてぃ

ホウセンカの花は 爪に染めて


親ぬ寄し事や 肝に染みり

親の言う事は 心に染めましょう





天ぬ群星や 読みば読まりしが

天に群れるたくさんの星は 数えようと思えば数えられるけど


親ぬ寄し事や 読みやならん

親の教えは 数える事ができません





夜走らす船や 子ぬ方星目当てぃ

夜走らす船は 北極星を頼りに航海している


我ん生ちぇる親や 我どぅ目当てぃ

私を産んでくれた親は 私を頼りにしている





行ち足らん事や 一人足れい足れい

行き届かない事は 一人一人が足しあって


互に補てぃどぅ 年や寄ゆる

互いに補って 年を重ねて行くものです





宝玉やてん 磨かにば錆びす

どんなに貴重な宝石でも 磨かないと錆びてしまう


朝夕肝磨ち 浮世渡ら

朝夕心を磨いて この世を渡って行きましょう





誠する人や 後や何時までぃん

正しい事をする人は 後々いつまでも


思む事ん叶てぃ 千代ぬ栄

思う事が叶い 千代に栄えるものです





なしば何事ん なゆる事やしが

やれば出来ることも


なさぬ故からどぅ ならぬ定み

やらなければなすことができません






『てぃんさぐぬ花』  沖縄を代表する教訓歌でありわらべ歌





「“てぃんさぐぬ花”って、悲しい歌?」と、友人に聞かれて今日はこのエントリーです。


なんとなく聞いたことがある沖縄の歌も、歌詞の意味が分かるとより味わい深いものになるでしょう。




『てぃんさぐぬ花』、心に染めましょう。


 ←てぃんさぐ(ホウセンカ)ぬ花  

2005年12月29日

豊年のあやぐ




今年(くとぅす)から始(ぱず)みゃしよ サーサ  弥勒世(みるくゆ)ぬなうらば

今年を始めとして これからは弥勒の世となり



世(ゆ)やなうれ サーサ ヨーイティバ ヨーイダキヨ サーサ 揃(する)いどぅ美(かぎ)さぬ世(ゆ)やなうれ

豊かな世となり 稲粟の穂が出揃ったときのように この世も豊かになってほしい



今(んなま)蒔(ま)つ粟(あわ)ぬどぅよサーサ 十月(じゅうがつ)蒔(ま)つ米(くみ)ぬどぅ

今蒔く粟や 十月に蒔く穀物が



すだますずなうらばよサーサ 真玉(まだま)すず実(みぬ)らば

すだまの粒のようになれば 真玉のような大粒に実れば



御主(うしゅ)貢物(ぐむつ)搗(つ)き納(ゆさ)みよサーサ 天貢物(てぃんぐむつ)ばり納(ゆさ)み

国王様に年貢を納め お上に年貢を納め



搗(つ)き納(ゆさ)みぬ余(あま)ずざよサーサ ばり納(ゆさ)みぬ残(ぬく)ずさ

その余り物で その残りもので



粟俵(あわだーら)やぴだつしよサーサ 米俵(くみだーら)ばくさてぃあし

粟俵を作って積み上げ 米俵を作って積み上げ



ぴだつしぬ余(あま)ずざよサーサ くさてぃあしぬ残(ぬく)ずざ

積み上げても余った粟で 積み上げても余った米で



粟(あわ)ぬ神酒(んぎ)たりゅとぅりよサーサ 米ぬ神酒(んぎ)たりゅとぅり

粟の神酒を醸して作りましょう 米の神酒を醸して作りましょう



地頭(づとう)ぬ主(しゅ)やお供(とぅむ)しよサーサ 目差主(みざすしゅ)やつかいし

地頭様をお呼びして 目差主様をお迎えして



地頭(づとう)ぬ主(しゅ)やゆなうすよサーサ 目差主(みざすしゅ)や中皿(なかざら)

地頭様が世直しをなさり 目差主様に祭器の中皿を差し上げ



親類(うつぎ)皆(んな)お供(とぅむ)しよサーサ 村(むら)や皆(んな)つかずし

親類もともに 村の者も揃って



昼七日(ぴるなんか)飲(ぬ)み遊(あす)ばよサーサ 夜七日(ゆるなんか)飲(ぬ)み遊(あす)ば

七日七晩飲み明かし遊ぼう






『豊年のあやぐ』 宮古民謡



さて、今年一年の締めと来年も弥勒の世となること願って、明日から年越し7日間の日程で、宮古島入りします。


豊年のあやぐの最後の歌詞の様に、みんなそろって七日七晩飲み明かし遊びましょう♪(笑)



久しぶりにゆっくり出来る☆
みんなの顔を見て、釣りして、歌って踊って…、楽しんでくるぞ〜♪♪♪  

2005年12月05日

伊良部トーガニー





サヨーイ伊良部(いらう)とぅがマーン 間(ばし)がまんなヨ

伊良部島との間に


ぱなりゆとぅが間(ばし)がまんなヨーイ

宮古島との間に


渡(ぱた)い瀬(ずぃ)ぬマーン 休(ゆく)ゆ瀬(ずぃ)ぬあてゃなむぬヨ

渡る瀬が休む瀬があればいいのに




サヨーイ渡(ぱた)い瀬(ずぃ)やマーン 舟小(ふにがま)だりゃヨ

小さな舟で瀬を渡り


休(ゆく)ゆ瀬(ずぃ)や水巣小(みすがま)だりゃヨーイ

水巣で舟を休め


舟(ふに)たどぅりマーン 水巣(みす)やたどぅり通(かゆ)い参(んみゃ)ちヨ

小舟に乗って水巣をたどって私に会いにきてね





サヨーイ平良(ぴさら)間(ばし)ぬマーン 波小(なぐぃがま)をばヨ

平良の間の波を


一里(いつぃり)が間(ばし)ぬ波小(なぐぃがま)をばヨーイ

一里の間の波を


我(ば)が手(てぃ)しどぅマーン 女(ぶなり)が手(てぃ)しどぅ和(なだ)らき お供(うとぅむ)すでぃヨ

私の手で穏やかにしてさしあげましょう






サヨーイ夕凪小(ゆうどぅりがま)んなイラヨかなしゃヨ

風のない静かな夜には


戸板小(やどぅばすがま)や音高(うとぅだか)かりゃヨーイ

板戸(雨戸)は音が高いので


鳴(な)らんやどぅゆマーン むしる戸(やどぅ)ゆ 

音のたたない むしろの戸を下ろして


下(さ)ぎ待(ま)ちゅりヨ

待っていてください





『伊良部トーガニー』  宮古民謡





伝説の歌人「唐金(トーガニ)」が初めて歌ったとされる、男女の情愛を表現した即興的な叙情歌。
伊良部島に住む恋人の元へ人目を忍び、海を渡って会いに出かける。




宮古の唄、美しすぎるんです。

今まで紹介した『御船ぬ主』『多良間ションカネ』と並んで今の所聞き入ってしまう宮古民謡ベスト3かな。

まだまだ知らない唄が多い、ってのが本音ですが。




こんな美しい歌も、次世代にはただの昔の風景・出来事になってしまうのでしょうか。



2012年度の伊良部架橋完成を目指し、平良と伊良部の間ではボーリング調査が始まったらしいです。今回の調査の結果で実施計画が固まる事から、来年度予算で工事発注となる模様。

宮古本島の平良字久貝と伊良部島の池間添をつなぐ約4キロの県道。4キロというのは瀬戸内海を横断する明石架橋にほぼ匹敵し、離島架橋としては国内最長となるそうです。

伊良部架橋の全体事業費は約320億円の見込み。


宮古本島と池間島を結ぶ『池間大橋』は全長1425m。総工費約99億円。1992年2月開通。


宮古本島と来間島を結ぶ『来間大橋』は全長1690m。総事業費約9億7千万円。1995年3月13日開通。



なぜ来間大橋だけケタが違うのか気になりますが、金額が大き過ぎて、高いのか安いのかわかりません。


伊良部架橋に反対してる訳ではありません。ただ、色々知りたくなって数字を調べてみました。



伊良部島の人口 6,755人  + 下地島 67人 = 6,822人

池間島の人口 768人

来間島の人口 204人


宮古島の人口 48,197人


おまけ 大神島    49人
    多良間島 1,408人
    水納島    7人


※データは、平成16年3月末 住民基本台帳より



批判してるつもりはありません。

漁協のほうでかなりもめた様ですが、橋が出来たら海の中がどうなるか、島がどう変わるかは私には全く想像がつきません。

先に出来た池間大橋と来間大橋の完成後には、何か問題が生じたのでしょうか?


今年、開通10周年を迎えた来間大橋の記念祝賀会では来間島の代表が

「水不足に悩まされていた農業に大きな恵みをもたらし、島の農業は飛躍的な向上を見せた。物流もよくなり島に活気を与えている。また若者もUターンし農業後継者として育っている。島全体が活気づいているのも大橋開通のおかげ」

と語っていました。






「伊良部に橋が架かったら」という話題になると



1)、週末、平良側で飲酒の検問が行われる!?

2)、橋が出来れば産気づいたとき、船を待たなくていいから、船の中で産むこともなくなる。船の中で赤ちゃんを産むと、その船の名前を一字もらうらしい。「はやて」で産んだら“はやと”とかね。

3)、下地島空港の軍事利用問題

4)、下地島空港が国際空港になってトゥリバーにカジノができる!?


などなど、飲んでる席の話題は絶えません(笑)。








ま、下地島空港の軍事利用は大反対です。


↓昨年の「下地島空港軍事利用に反対する郡民総決起大会」の様子

 

 こんなところでも“ニャートルズ”をやっちゃうボス…。さすがだよね〜。


写真がないけど“ウタキ”っていうバンドもこの時は出てました。コレがね、ある意味伝説のバンドで…。持ち歌が「マズムヌ」とか“片足ピンザ”の歌とか、初代のボーカルの子もかなりキョーレツな個性だったな〜。いつだかコザ音楽祭にも宮古代表で出た様な…。まだやってるのかな〜、おもしろいバンドだったな〜。




随分話が飛んだな〜(汗)。